「学校」から離れた選択

「正解」を探して疲れたあなたへ。不登校を「人生の休憩時間」と呼べるようになるまで

明るい日差しが差し込む窓辺で、温かいコーヒーとノート、虹色のパレットが置かれた心安らぐ風景。不登校を『人生の休憩時間』と捉える前向きなイメージ。

ネットで「不登校」と検索すると、たくさんの解決策や専門家のアドバイスが出てきます。 中には「家庭の環境を見直しましょう」といった、読んだ瞬間に「自分のせいでこうなったの?」と責められているように感じてしまう言葉に出会うこともあるかもしれません。

これまで、一生懸命に調べ、悩み、お子さんのためにできることを全て試してきたあなたへ。 「もう、これ以上どうすればいいの」と疲れ果ててしまったあなたへ。

正解を探すのを、一度お休みしてみませんか。

私自身、長女や長男の不登校を経験する中で、何度も自分を責め、学校という物差しで「普通」に戻そうと焦ってきました。 けれど、最後に辿り着いたのは「元気で生きていれば、それでいい」という、とてもシンプルで、一番大切な場所でした。

この記事では、私がわが子への「私の勝手な期待」を手放し、不登校を「人生の休憩時間」と捉えられるようになるまでの心の歩みをお話しします。

「期待しない」ことは、子どもを諦めることではありません。 むしろ、親である私が抱えていた「こうあってほしい」という勝手な思いを一度おろして、目の前でありのままの姿で生きているわが子を、もう一度まっすぐに見つめるための、私なりの決意でした。

🎨正論という名の「鋭い言葉」から、あなたの心を守るために

ネットの海を彷徨っていると、「不登校の解決策は家庭にあります」といった見出しが目に飛び込んでくることがあります。 その瞬間、心臓がギュッとなるような、突き放されたような気持ちになりませんか? 「やっぱり私の育て方のせいなの?」「私がもっとこうしていれば……」

解決したくて調べているのに、知れば知るほど傷つき、自分を追い詰めてしまう。 でも、どうか知っておいてください。そうやって傷ついてしまうのは、あなたがそれだけお子さんのことを思い、真剣に、必死に向き合ってきた証拠なのだということを。

🍃「なぜ?」と聞かないことで、守れる心のゆとり

親として一番知りたいのは「どうして学校に行けなくなったのか」という理由かもしれません。周りの人からも「原因は何なの?」と何度も聞かれ、答えられないことに焦ることもあるでしょう。

けれど、私はあえて「なぜ?」と聞き続けるのをやめてみました。

☕なぜなぜ質問は、大人でも気が重いもの

自分に置き換えてみると、わかりやすいかもしれません。 仕事などで失敗したり、元気がなかったりする時、上司や周りから「なんで?」「どうして?」と何度も理由を問いただされたら、どう感じるでしょうか。 きっと、どんどん気が重くなって、心を閉ざしたくなってしまうと思うのです。

子どもも同じです。 無理やり理由を聞き出したところで、それが本当の理由とは限りませんし、聞き出すことが子どもにとって良い結果に繋がるとも思えませんでした。

もし、子どもから話してくれた時は、その時にしっかり聞けばいい。 それまでは、無理に言葉にさせない。それが、わが家なりの「心の守り方」でした。

🏠家を「休まらない場所」にしないための選択

学校の先生から「一度お話ししたいので、ご自宅に伺ってもいいですか」と家庭訪問の相談をいただいたことがありました。 先生という役割もわかっていましたが、いったん保留にして子どもにも相談しました。

学校へ行くのが難しくて休んでいるのに、唯一の安心できる居場所である「家」まで気が休まらない場所になってしまったら、子どもがかわいそうだと思ったのです。「家に来られるのは絶対に嫌だ」が子どもの返事でした。

結局、我が家は「家に来られるよりは、学校に行って話すほうがいい」と決め、先生とは学校でお話しすることになりました。 もしあの時、家も学校も無理だとなったら、お外の喫茶店や公園でお会いする提案をしていたかもしれません。

大切なのは、ルールを守ることよりも、「子どもが今、どこなら少しでも安心して話せるか」を一緒に考えること。 家をシェルターとして守り抜くことは、親にしかできない大切な役割だと思っています。

☀️「元気なら、それでいい」に辿り着いたその先に

わが家の不登校は、長女の時も、そして後の長男の時も、それぞれに違う形での試行錯誤がありました。

🔍診断名よりも「今の状態」を知るために

長女が学校へ行けなくなった時、私は早い段階で本人と相談し、医療機関を受診しました。もし何か病気が隠れているのなら、対応策の選択肢を増やしてあげたかった。そして何より、私の目では気が付けない何かが隠れているのではないか、と今の状態を正しく知りたかったのです。

学校の先生に受診したことを伝えると、とても驚かれました。「学校から受診を勧めることはあっても、ご家族が先に受診を済ませてこられたケースは初めてです」と。受診の提案をすると、怒り出してしまうご家庭も多いとのことでした。

結果として、特定の病名がついたり治療が必要だったりしたわけではありません。でも、それがわかったことは、私にとって大きな意味がありました。専門家と一緒に確認したことで、「今この子に起きている反応は、病気ではなく個性の一つなのだ」と、その後の接し方を整理する大切なヒントになったのです。

☁️息子の「行く」という一言を待つ

一方で、長男の時はまた違った歩みでした。寝てばかりの日々が続き、私からは何も言わずに見守っていたある日、彼の方から突然「病院に行く」と言い出したのです。 正直、なぜそのタイミングだったのかはわかりません。ホッとする気持ちと同時に、理由のわからない変化に体調がとても悪いのではないかと怖さを感じることもありました。

けれど、無理に連れて行くのではなく、本人の口からその言葉が出るまで待てたこと、 外に出て日の光を浴び、風に当たるという、当たり前のような「刺激」に触れられたこと。 それだけで、張り詰めていた私の心は少しずつ、解きほぐされていきました。

🌈不登校は、次へ進むための「人生の休憩時間」

振り返ってみれば、私は長い間、「学校に戻ること」をどこかゴールに設定して、わが子に「私の勝手な期待」を押し付けていたのかもしれません。

でも、理由のない日々を共に過ごし、本人の小さな一歩を待つ中で、ようやく気づいたのです。 「この子が今日も元気でいてくれること。それ以上に大切なことなんて、何一つないんだ」ということに。

不登校は、決して「脱落」ではありません。 それは、大人になる前にどうしても必要だった、心と体を守るための「人生の休憩時間」なのだと思います。

今、真っ暗なトンネルの中にいるように感じているあなたへ。 正解を探して、自分を責めるのを、どうか一度やめてみてください。 あなたが今日、温かいお茶を飲んで、少しでも深く呼吸ができること。 そして、お子さんと共に「今」を生きていること。 それだけで、もう十分すぎるほど、あなたは頑張っています。

ゆっくり、ゆっくりで大丈夫。 いつかその休憩時間が終わる時まで、私はあなたのことを、心から応援しています。


これまでのお話

(1つ目のお話) 不登校の始まりに、私たちが大切にしたこと

(2つ目のお話) 頑張りすぎてしまう保護者の方へ。自分を癒やす勇気


お知らせ

これからも、より多くのことを発信していきたいと思い、近々noteでも活動を始めることにしました。

こちらのブログ記事とはまた少し違った形で、私の想いや日々の気づきを届けていければと思っています。準備ができたら、またここでお知らせしますね。

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