子どもが学校に行けなくなったとき、
「何も言わない方がいいのかな」と悩んだことはありませんか。
何か言った方がいいのか、
それともそっとしておいた方がいいのか。
関わり方に迷う時間は、想像以上に長くて、苦しいものだと思います。
・何も言わない方がいいのかと思った理由
私は、誰かにそう言われたわけではなく、
自分で「何も言わない方がいい時もあるのかもしれない」と思いました。
人は、何も聞かれたくない時もあります。
こちらは傷つけるつもりがなくても、
追い詰めるつもりがなくても、
受け取る側がそう感じてしまうこともある。
そう考えると、
何も言わない方がいい場面もあるのかもしれないと思ったのです。
ただ、学校とは関係のない会話は普通にしていました。
「スーパー行くけど何かいる?」
そんな一言は、むしろよく聞いていた気がします。
・言いすぎてしまったこともあった
最初の頃は、やっぱり気になってしまって、
つい聞いてしまうこともありました。
「明日行くの?」
「今日は何限目から行くの?」
期待もあったと思います。
それまでいろいろできていた子だったから、
もったいないな、という気持ちもありました。
また、「ゲームのせいなのかな」と思っていた時期もありました。
ゲームをしているから起きられないのではないか、と。
でも、よく考えると、
本当に行きたいときは、自分で調整するはずなんですよね。
そもそも行きたくないから、
起きられない時間に寝てしまう。
そういうこともあるのだと気づきました。
「何かのせいにしたい」という気持ちが、
自分の中にもあったのだと思います。
・あえて何も言わなかった時期
一時期、学校のことは一切言わないようにしていたこともありました。
でも、完全に関わらないわけではありません。
担任の先生から連絡が来れば、
本人に聞かなければいけないこともあるので、
「テストだけでも受けに来れる?って言ってたけど、どうする?」
と、伝書鳩のように聞いていました。
子どもは、ちゃんと答えてくれていました。
「行かない」
「行かなかったらどうなるの?」
完全にどうでもいいわけではなく、
迷いや焦りのようなものも感じているようでした。
どうしたらいいのか分からないけれど、
何も感じていないわけではない。
そんな様子でした。
・見守るって、何もしないことじゃなかった
振り返ると、
「何も言わない=放置」ではありませんでした。
言葉にしない時間があっても、
ご飯は作るし、洗濯もする。
日常は変わらず続いています。
どこかへ行くときは
「今から(上の子)迎えに行ってくるね」
「(実家)行くけど、行く?」
と、話しかけていました。
学校のことも、勝手に決めることはせず、
必ず本人に確認していました。
聞き方を変えてみたり、
「どうしたい?」と聞いてみることもありましたが、
すぐに答えられるものでもないんだなと感じることもありました。
どうしたいか聞いて、答えがあったときは、
「わかったよ」と、それ以上は余計なことを言わないようにしていました。
そこで親の意見や気持ちを重ねてしまうと、
「どうせ言ってもこう言われる」と、
話してくれなくなるのではないかなと考えていました。
見守るって、ひとつの形ではなくて、
そのときの状態によって変わるものなのかもしれません。
・私が救われた考え方
私自身も、不登校や中退を経験しています。
それでも今は看護師として働いています。
だからこそ思うのは、
その子その子にタイミングがある、ということです。
それまでの様子を見ていても、
外からは分からない疲れやしんどさが、
どこかにあったのかもしれないなと思うようになりました。
「今は休憩中なんだな」と思うようにしていました。
そして、どれだけ周りが関わっても、
最終的に決めるのは本人です。
だからこそ、
「どうする?」
「どうしたい?」
と、選ぶことは本人に任せるようにしていました。
・何も言わない方がいいの?
もし聞かれたら、
「何も言わない方がいい、というわけではない」と思います。
ただ、何を言うか、どう言うかはとても大切です。
自分の不安や期待をそのままぶつけてしまうと、
相手を追い詰めてしまうこともあります。
何も言わない方がいい時もあるし、
少し言葉をかけた方がいい時もある。
そのときの状態によって、
関わり方は変わっていくものなのかもしれません。
正解はひとつではありませんが、
自分がつらいときに
どんな言葉をかけられたらしんどいか。
それを少し想像してみることが、
ひとつのヒントになるのではないかなと思います。
・いま振り返って思うこと
今、子どもは元気に過ごしています。
自分で起きて、学校にも通っています。
楽しそうにしている姿を見ると、私もうれしくなります。
あの頃、買っても履くことのなかった靴。
いつまでも新しいままだった靴。
今は、すり減っていきます。
靴の購入で出費は増えているはずなのに、
なぜかそのことが、うれしく感じます。
あのときは想像できなかったけれど、
こんなふうに過ごす日が来るんだなと思っています。
今は学校に通っていますが、
それが正解だったというよりも、
たまたまその子にとって、今の形がそうだっただけなのかもしれません。
元気に過ごせる場所は、
学校に限らないのかもしれません。
もし関わり方に迷うときや、
ひとりで整理するのが難しいときは、
少しだけ一緒に考えることもできます。
必要なときに、思い出してもらえたらうれしいです。
