子どもが学校に行けなくなったとき、
つい声をかけすぎてしまうことはありませんか。
何か言った方がいいのか、
それともそっとしておいた方がいいのか。
気になるからこそ、聞いてしまう。
でも、あとから「言いすぎたかな」と思う。
そんなふうに迷うことが、何度もありました。
・最初の頃は、どう関わればいいのか分からなかった
不登校が始まった頃、
朝は何度も声をかけていました。
「朝だよ」
「ご飯できてるよ」
起こした方がいいのか、
起こさない方がいいのか。
本当は起きたいのか、
起きたくないのか。
起こしてほしいのか、
そっとしておいてほしいのか。
分からなくて、何度も声をかけていました。
でも、途中から
「これは、起きたくないときなんだな」と思うようになりました。
行かない、行きたくない、という言葉は、
言いにくいのかもしれない。
もしかしたら、
私の反応を気にして言えないのかもしれない。
そんなふうにも考えるようにもなりました。
・声をかけることに迷うようになった
最初の頃は、
「明日行くの?」
「今日はどうするの?」
と聞くこともありました。
でも、だんだんと
「もう行かないんだな」と感じるようになってからは、
そういうことは聞かなくなっていきました。
ただ、進学や期限が関わることだけは、
必要なこととして伝えていました。
「何日までに学校に言わないといけないみたいだけど、どうする?」
子どもは、すぐに答えられないこともありましたが、
あとから「どうすればいい?」と聞いてくることもありました。
どうしたらいいのか分からないけれど、
何も考えていないわけではない。
そんな様子でした。
・気になるから聞くと、尋問になってしまう
いろいろなやり取りをする中で、
気づいたことがありました。
それは、
何を考えているのか、どう思っているのか知りたくて尋ねる。
それが続くと、尋問のようになってしまうことがある、ということです。
子どもの気持ちを無視したくなくて聞く。
でも、聞かれる側にとっては、
しんどいこともあるのかもしれません。
・声かけの仕方を少しずつ変えていった
それからは、
声をかける前に、少し考えるようになりました。
これは、
「今、本当に必要な声かけなのか」
それとも、
「私が気になっているだけなのか」
すぐに言葉にせず、
一度自分を落ち着かせるようにしていました。
イラついたときにそのまま言ってしまうと、
ただの八つ当たりになってしまうこともあるからです。
・「わかったよ」とだけ返すようにしていた
どうしたいか聞いて、答えがあったときは、
「わかったよ」と、
それ以上は余計なことを言わないようにしていました。
そこで親の意見や気持ちを重ねてしまうと、
「どうせ言ってもこう言われる」と、
話してくれなくなるのではと考えていました。
・声かけは必要。でも、しすぎなくていい
今は、こう思っています。
声かけは、必要。
でも、望まれていない声かけは、
しなくてもいいのかもしれません。
何も言わなければ、
「どうでもいい」と感じさせてしまうこともあるかもしれない。
でも、聞きたくないときに聞かれるのも、しんどい。
「何も言わない方がいいのかな」と迷ったこともありました。
そのときに考えていたことは、
👉「何も言わない方がいいの?」と悩んだときの話
にまとめています。
だからこそ、
「ここにいるよ」
「困ったらいつでも聞いてね」
そんなふうに伝わるくらいの声かけが、
ちょうどいいのかもしれないと思うようになりました。
声かけは、
「気になるからするもの」ではなくて、
「相手にとって必要なときにするもの」なのかもしれません。
すべてを聞こうとしなくてもいいのかもしれません。
・振り返って思うこと
関係がうまくいかなくなるのではないかと、
不安に思ったこともありました。
でも、長い時間話せなくなることはありませんでした。
一時的に距離ができても、
また話してくれるようになったり、
時間が経ってから、
「あのときはこう思ってた」と話してくれることもありました。
本当はもっと早く知りたかった気持ちもありますが、
今、伝えてくれたことにも意味があるのかなと感じています。
・これは、私が選んでいた関わり方でした
今学校に行けていない子がこの記事をみて、
自分のせいで親を悩ませていた、などと
どうか自身を責めることがないようにお伝えしたいです。
学校に行かないという選択も、
悪いことではないのだと思っています。
子どもとの関わりや会話ひとつひとつに、
苦しさばかりを感じていたわけではありません。
気を使って生活していたわけでも、
おうちが居心地の悪い場所だったわけでもありません。
私がそうした方がいいと思って選んでいた関わり方で、
誰かに求められたものではありませんでした。
子どものせいでこうなった、などと
思ったことは一度もありません。
そのときの自分なりに考えていたことのひとつです。
今振り返ると、
大変だったというよりも、
大事な時間のひとつだったなと思っています。
不登校だから特別というよりも、
人と関わる中で大切にしたいこととして、
自然と考えていたことです。
・正解はひとつじゃない
声かけの仕方に、正解はないのだと思います。
そのときの状態や気持ちによって、
関わり方も変わっていくもの。
だからこそ、
その都度、少し立ち止まって考えることが、
大切なのかもしれません。
もし関わり方に迷うときや、
ひとりで整理するのが難しいときは、
少しだけ一緒に考えることもできます。
必要なときに、思い出してもらえたらうれしいです。
